日本国紀 「百田尚樹氏が語る日本国紀」と読後感

幻冬舎社長の見城徹氏のWeb番組で「日本国紀」の著者である百田尚樹氏や編集に携わった有本香氏が著作について述べられています。

終章・平成の最初に書かれている百田尚樹氏の「未来の子供達へ」の記述が氏の思いの全てが表されているように感じました。 氏は日本書記から、天皇は「大御心」、民衆を「大御宝」と引用されて、天皇を中心とした、ひとつの大きな家族のように平和に営んでいて国外への拡張をせず、近隣諸国との調和を尊び、平和に暮らす我先祖の姿を改めて浮かびあがらせました。 又一旦、外圧によって鎖国を解かれると、元来真面目で能力の高かった我父祖は瞬く間に海外の文化・技術を我が物としてしまった。(物凄い国というか国民であると感嘆せざるを得ません)

「編集者の言葉」で有本香氏が、”色とりどりの細い糸が撚り合わされて一本の太く長い糸になってきたかのような「日本の歴史」。その先端に立っているのが、今を生きる私たちです。”(原文ママ)

超名文と思いますが、百田氏が”この文、くれ!”と冗談で言ったのも頷けます。

百田氏が「日本国紀」の執筆を決意したのは、ケント・ギルーバート氏との対談で、ケント氏が”アメリカで歴史の勉強を終えると、アメリカが好きになるんですよ”と述べられたとか。 返って日本では特に近代・現代史に殆ど時間を割かない(受験にも出ない)傾向があるばかりか、日本は太平洋戦争(正式には大東亜戦争)前や戦時中に物凄く悪い事をアジア地域で繰り返したとの史実とは明らかに異なる教育を戦後教育で日本の正史として教わってきました。 当然ですが、こんな勉強の後に、素直に”日本が好き”とか”日本を誇れる”なんて思える訳がありません。 この現状を変えるべく、史実に基づいた歴史認識を取り戻すべく世に出されたのが、百田尚樹氏著の「日本国紀」で、その目的は今後にわたって大きな影響を残すであろうと確信します。 少し前までの日本人は、今とは違った腹の据わった人が多かったのと、思い出しても自分の父母もそうであったと思い至ります。

この「日本国紀」と別のソースを合わせて、近代(最近の100年)史実とは別に歴史解釈が変わってきたと感じます。 ついては別ブログで記すことと致します